巨人軍最強の捕手
.230 1本 27点 30盗
【寸評】
1919年1月2日-1944年10月10日 享年25
東京巨人軍(1938-1941)
熊本工業でエースの川上哲治とバッテリーを組み、チームを2度の準優勝に導いた。その実績から当時捕手不足だった巨人が獲得に乗り出し、川上の獲得を条件に契約を締結。この年の同期入団には川上の他に千葉茂や岩本章、内海五十雄(哲也の祖父)などがおり「花の昭和13年組」と呼ばれることになる。1年目からレギュラーを掴むと、そのまま全年度で規定に到達し、走攻守揃ったその闘志溢れるプレーはまさにチームの雰囲気をガラリと変える力を持った扇の要だった。41年限りで応召され、44年にインパール作戦にて戦死。生きていれば戦後の巨人監督就任が確実視されていただけに、吉原を知る者は誰もがその死を悼んだという。




パワナンバー 12500 31228 67792
査定について
・打撃能力
今回はパワプロ界でおそらく初となる弾道3で作成しました。
その理由はいくつかあるが、1つ目の理由として普通に本塁打が多いと感じたこと。
たしかにこの年は1本だけだが、翌41年は4HRを放ち、これは8HRの服部受弘に次ぐリーグ2位の数字*1。
また当時の同僚の証言でも、たまにホームランをボカーンと打ったとのこと。
・走力A86
100m11秒台の俊足。
同じく俊足とされる呉、平山、白石と競争をして、3回目で全員を抜いたというエピソードも残っている。しかし2回目までは呉に及ばなかったことなどからも、脚力があるというよりはスタミナがあるタイプ。
走力が高いので盗塁系の特能は付けず(この年だけ盗塁が多いし)。
・守備能力
「捕邪飛の打球判断に関しては球界トップクラス」との藤本定義監督談もある通り、走力が高いので守備力は落としたが、それでもB相当。
捕球に関してもこの年の守備率は.990と、当時の平均である.974を大きく上回る数値を叩き出している。
対左投手A
対右.193(222-43) 対左.316(101-32) 1本 不明7-1
やけに左投手との対戦が多いなと思って調べたら、対戦相手がものすごく偏っていたことが1番の原因かと*2
チャンスB
勝負強い打撃とのこと。まぁ職業野球!実況中継さんのところで全試合確認したら、チャンスEくらいじゃないと感じたのは内緒。
キャッチャーA ムード⚪︎
基本的にはクラッシュさんのところと同じ理由。
前年まではリード面の評価が芳しくなく*3、捕手として評価されるようになったのはこの年からという点や、アプリ的にいうと球界の頭脳というよりは司令塔の方が近いと感じたことも理由の1つ。
プルヒッター 強振多用
実況中継さんのところから判明している43安打分の打球方向をかき集めました↓
左36安打(1本)、中6安打、右2安打
ここからもわかる通り、逆方向への安打が極端に少ない。
また生涯に放った全9HRも全てレフトへの当たりとなっている。
同僚である千葉茂氏も吉原のバッティングについて、「スイングが大きく、力のかぎり引っ張るバッティング」と回想している。
バント⚪︎ 内野安打⚪︎
先述の通り引っ張り方向への強い打球が多かったため、サードが定位置より後ろで強い打球に備えることが多かった。そこをついてよくセーフティバントを決めていたとのこと。とくに狙われたのは南海・鶴岡で、よくセーフティバントを決められていたため、これを防ぐために考案したのがのちの代名詞となる「ノーステップ・スロー」だという(諸説あり)。
たしかに実況中継さんでも三塁への内野安打が多かったから、積極的に狙っていった可能性が高いと思う。
積極打法 選球眼
6番打者ながら四球が多く、この年は当時の日本記録を更新するほど四球を選んだ。
— うさうさ(くますけたの日記) (@kumasuketa) 2025年9月1日
しかし当時の同僚は「ボール球なんかでも積極的に振りにいってたから、選球眼が良いイメージはない。むしろ悪い方だった」
という選手に選球眼は
この年は当時の日本記録となる84四球を選んだが、千葉茂さんの回想では「細かい選球眼があるわけではなく、明らかなボール球に手を出して三振することも多かった」とのこと。
そうは言っても、日本記録を更新されたら付けないわけにはいかないからね。
送球A
「投手の球を受けるのに膝をついて捕球して居るなどは悪い標本で、常に腰を浮して居なければならぬ。これは直に投球に移る動作が取れるからである。そのためには腰と脚力の強さの養成が必要であり、同時に左右両足の置換え運動が敏速でなければならぬと云ふように、身体の敏捷を心掛けねばならない。捕球の正確等の基礎技術が出来て居れば、其処に自然の余裕を生ずる。この余裕があつて初めて塁への正確な送球が生れ、投手に対して誤りのない信号を送ることも出来るのである。」吉原正喜『私の捕手論』より (一部省略しています)
吉原の送球を受け続けた白石敏男も「小さな速いモーションからスナップスローで送球する。肩は特別強くはなかったが、球が軽くて捕りやすく、シュートもカーブもせずに真っ直ぐに来るので、盗塁を簡単には許さなかった」と証言している。
意外性 三振
「意外性のバッティングをするんだ。全打席三振なんかもよくしたけど、水原さんなんかよりよっぽどHRを打ったんだよ」とは当時の同僚談。
プルヒという強力な特能があるので意外性はなし。三振率も低いので、ミートを下げることで対応。
回復A ケガしにくさC
数々のエピソードから。前年や翌年に怪我で少し休んでいるので、ケガしにくさはBにはせず。
ホーム死守
かっこいい(恍惚)
本塁での激しいクロスプレーにも動じない
— うさうさ(くますけたの日記) (@kumasuketa) 2025年8月25日
吉原正喜('38) (走者は江口行男 球審二出川)
個人的に今回見つけた中で1番好きな写真 pic.twitter.com/pnbOcu5FVm
人気者
言わずもがな。
毎年東西対抗戦に出場していたことも考慮。
一言
基本的には澤宮さんの本を中心として査定しました。